マティーニが「カクテルの王様」と言われれば、マンハッタンが「カクテルの女王」と言われます。
両者とも作り方の根本がほぼ同じ。ジンがウィスキーとなり、ドライベルモットがスウィートベルモットとなる。オリーブがチェリーになり、マンハッタンではアロマチックビターズが1ダッシュ加わります。
マンハッタンで使われるウィスキーは基本的にはライ麦のウィスキーですが、現実的にはカナディアンウィスキーを使う場合も多く、その他のバーボンを使うこともあります。
マンハッタンもマティーニ同様、水っぽくなってはいけません。しかし、マティーニのジンはあらかじめ冷凍庫で冷やしておくといいのですが、ウィスキーを冷やしておく習慣はありません。それゆえ、常温のウィスキーでステアしなければなりませんから、氷が溶けやすく水っぽくなりがち。かといって、ステアを怖れると温いマンハッタンになってしまいます。
ステアするだけのこのカクテルを作るのは実に難しく、ライ・ウィスキーの香りがふんわりと立ち、ウィスキーの酒精を甘いベルモットが包み込まねばなりません。しかし、マティーニのようにもしウィスキーを凍らせてしまったら、水っぽくなりはしませんが、硬いマンハッタンになり香りが立ちません。マティーニはキレで勝負しますが、マンハッタンはパーティードレスを着た貴婦人のような女性的な丸みが求められます。
ところでマティーニと同様、このマンハッタンもベルモットの分量で味ががらりと変わります。このベルモットの分量は飲む人とバーテンダーの呼吸が合わなければなりません。バーテンダーは飲む人の好み知り、かつ飲む人の精神状況を察し微妙なさじ加減で辛口が甘口かを判断します。
これとよく似た作業が着物の染色です。つまり着物を最初から作るとき、特に地色を決定するときはこのベルモットのさじ加減と同様の感覚が必要です。
例えば一口にピンクといっても、いろいろなピンクがあります。牡丹のような堂々たるピンクなのか、桜のような薄いピンクなのか、桃のようなピンクなのか、ピンクといっても特定できないほどたくさんの色合いがあります。
しかし、数え切れないほどのピンクがあっても、ピンクで着物を作るのであれば、誰が見てもそれがピンクだと思える色でなければなりません。
同じく、ウィスキーよりベルモットの分量が多いマンハッタンを飲んで、それがマンハッタンだとわからないようではマンハッタンとは言えないが如く、あまりにエクストラドライに仕上げたマンハッタンでは、カクテルというより冷えたウィスキーと感じてしまっては元も子もありません。ベルモットのどんな分量でも、飲んでマンハッタンだと感じさせなければならないのです。
訪問着や振袖のようにたくさんの友禅が入ったり、ひとつの着物の中にグラデーションが入り、特定の地色に限定できないものならまだしも、色無地においては極上のマンハッタンのように色彩の構成要素の分量がピタリと決まっていなければなりません。
青と赤を混ぜれば紫になりますが、その青と赤の比率で無数の紫が生まれ、そこに白を混ぜてもラベンダーのような紫にもなるわけで、着物を作るということはバーテンダー的感覚がなければ務まりません。
バーテンダーにもひどいカクテルを作る下手くそがいるのと同じく、一口に染めの着物と言っても下手くそな色彩感覚のものもあり、さらに極上の色を出すにもそれに準じた職人の極上の腕がなければならず、これはすべての職人ができるというものではございません。
下手くそなマンハッタンがあるが如く、下手くそな着物だってあることを知っておきましょう。
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