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キモノなカクテル
vol.2 : ピンク・レディ
■レシピ
・ドライジン 45ml
・グレナデンシロップ 20ml
・卵白 1個分

■作り方
シェーカーに氷と材料を入れ、シェイク。
ジンの強さをグレナデンシロップが甘く包み込み、卵白がまろやかさを醸し出す。
ピンク・レディ

昭和13年。日中戦争が始まった頃、ある屋敷にて。夕暮れ時。

舞台下手にはアール・デコ調の窓枠。中央には大きなソファ。その奥に蓄音機が見える。上手には洋風のキャビネットに燭台が置いてある。頭上からぶら下がるシャンデリアが屋敷の豪華さを物語っている。

訪問着姿の京子、そして木賊色の色無地を着た康子。

康子 「あなたったら、またその着物を着てきたのね」
京子 「ピンク色の地に赤い牡丹が花開く京友禅の裾模様。わたくしはあのひとに会うときは必ずこれを着ると決めているの」
康子 「あの方は牡丹の花がお嫌い…」
京子 「そう。特に赤い牡丹が」
康子 「お母様の話では、庭に咲いていた牡丹の花を全部切ってしまったそうな」
京子 「あの方はすっかりお変わりになった。戦争を境に。わたしの胸の中ではこの縁談はもう終わってしまったもの。しかしお父様が…」
康子 「お父様のお立場を考えれば仕方のないこと。こうしてわたしたちがこんな屋敷で暮らせるのもあの方のご家族と縁があるからなのだから。あの方が幼馴染だという理由だけではないわ」
京子 「つまり、戦争という名のご商売の」
康子 「そんな言い方はしちゃいけないわ。すべてお国のためだと思えば…」
京子 「この国で作った爆弾が大陸で炸裂して多くの人が命と家を失う。そしてこの屋敷はより一層豪華になるっていうことね。きっとわたしたちはいつかしっぺ返しを食らうに違いない」
康子 「そんなことは心の奥底にしまっておきなさい。間違ってもあの方の前では言わないことね」
京子 「ええ、軍人ですもの」
康子 「そう。軍人なのよ」
(京子、ふと窓の方へ歩くと)
京子 「お姉様、ご覧になって。陽が沈むわ。わたし、この黄昏に包まれると死にたくなる。甘美な死。果物が腐るようにじわじわと体が柔らかくなって、甘い汁となりながら溶けていくのだわ。痛みも苦しみもない死。死はきっと心地よいものに違いないわ」
康子 「いいえ、痛ましい死もあってよ。いえ、この世ではむしろ痛ましい死のほうが多いくらいだわ」
京子 「この黄昏の色はなんていう名前なの? 黄色でもない、赤でもない、オレンジでもない…」
康子 「太陽を希望と捉えるなら再生という名の色。夜を絶望と捉えるなら滅亡という名の色」
京子 「わたくし、この国が深い絶望の夜へと向かっているような気がする」
康子 「縁起でもない」
京子 「いいえ、この着物がいずれ憎まれるものになるというのなら…」
(扉を叩く音)
康子 「どうぞ」
(坂田、登場)
康子 「ようこそ。お待ちしておりましたのよ。あら今日も立派な軍服のお姿」
坂田 「ええ、軍の宿舎から直接来たもので。ところでもう来週には大陸に渡ります。しばらく京子さんとも会えなくなりそうです。それで今日はご挨拶にと」
京子 「(坂田に小声で)お気をつけて」
坂田 「(ソファに深く座り脚を組むと京子の着物を見て)大陸では牡丹が国の花のように扱われているようだが、いずれそれも桜になるでしょう」
京子 「牡丹は牡丹よ。牡丹の苗木からは桜は咲かない…」
坂田 「花の世界ではそうかもしれませんが、人間の世界ではそうではございません。力でもってすれば、人間はどんな花にもなりうる」
京子 「では、あなたも牡丹になることがあるかもしれないということね」
坂田 「(お笑いしながら)ありえませんな。まっ、この話はもうやめるとしましょう。ところでお父上は?」
康子 「もう帰ってくるころですわ」
坂田 「ではもうしばらく待つと致しましょう」
京子 「待つ必要はないわ」
坂田 「というと?」
京子 「あなたのお心には添えないということ」
坂田 「つまり…?」
京子 「縁談はなかったことにして頂きたいの」
康子 「そんなこと!」
京子 「いいえ、わたくしは牡丹。牡丹の花は桜にも菊にもならなくってよ。たとえあなたが牡丹の花を力ずくで切ってしまっても、わたくしは何度でも牡丹の花となって咲いてみせる。変わらないもの、変えられないものがこの世にあることを知った方がいいのだわ。さあ、お引取りになって!」
坂田 「……」
(坂田、無言で退場する)

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